色覚異常と対人関係~他人との会話で困ることはあるか?


色盲が人との会話でバレることはない

私は自分が色盲だと知った時から、他人と少し距離を置くようになりました。

どこかで自分の色覚異常がバレるのを恐れていたのだろうと思います。

他人との会話で色の話題は当たり前ですが、普通に出ます。

「あのトマトの色、ちょっと変じゃない?」

「あいつ、髪の毛、紫に染めて、まるでヤンキーか」

「あのライム色の軽が私の車だよ」

トマトの赤も紫色もライム色も見えない自分は曖昧に頷くことしか出来ません。

もちろん、それでも他人は変には思いません。ノリが悪いなあ、ぐらいに思うかもしれませんが。

私自身、この程度の会話はさほどストレスにはなりません。

他人から

「この私が着ているカーディガン、何色に見える?」

ということを言われる場面はありませんから。

犬が歩いていて、「あれは犬ですか?」という質問が存在しないのと同じです。

「これは何色ですか?」

などと聞かれることはありません。

正常な色覚の人間は色がある世界が当然で、それが現実なのです。その現実を私も共有しているという前提で他人はコミュニケーションをとります。

女の子とのショッピングで一瞬、困った事が・・・

他人との会話で、少しやっかいなシチュエーションは、例えば、こんな時です。

背の低い女の子とウィンドウショッピングを楽しんでいます。

一緒に帽子の専門店に入って、彼女に

「あの赤紫の帽子、ちょっと取ってくれる?」

と言われた時です。

棚の上には色違いの帽子が5つ並んでいて、そのうちのどれかが赤紫の帽子なのですが、自分には見えません。

私には見えませんが、こういうケースでも、私は自分が色盲だとバレずにほぼ正確に紫色の帽子に手を伸ばす術を知っています。

どういうやり方かと言えば、彼女の視線の先を見るのです。

当然、彼女は赤紫の帽子を見ているのですから、その視線の先の帽子を選べばいいのです。

こういう行動は考えてしているわけではなく、防衛本能の一種で、自然とやっているのだと思います。

色覚異常が不登校や対人恐怖症になることは充分ある

人間は、より多くの人と知り合いたい、コミュニケーションを取りたいという願望があると同時に、仲間外れになりたくないという思いもあります。

とくに日本社会は同調圧力が強い社会ですので、なるべく輪から外れたくないという気持ちは強いのです。

「自分は色覚異常で、色が分からないから」

と言った方が楽なのか、それとも見える振りをしてコミュニケーションをした方が楽なのかと言えば、たぶん後者になるでしょう

しかし、それをやり続けていると、他人との付き合いで知らずにストレスを貯めることになります。

こんな面倒なやり取りをするのなら、1人の方がマシだと思う事もあります。

それが極端になれば「社会性不安」「対人恐怖症」のような神経症になることもあるかもしません。

現に色覚異常で、中学時代にからかわれ、辛い思いをした子供が不登校になるケースは存在するでしょう。

私自身振り返れば、学生時代、友達がいなかったわけではないのですが、新しい出会いを求めるような事はしなかったし、あまり社交的ではありませんでした。

その遠因に、自分の色覚異常があったのは間違いないだろうと思います。

外見では決してわからないが、他人との関係でそれなりに悩んでいる人は多いはずです。

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